正解は一つではないし、何が正解かは結局わからない【ゲームは教科書】

正解は一つではないし、何が正解かは結局わからない【ゲームは教科書】

※この記事は、動画で話した内容をほぼそのままブログ記事にしたものです。

今回は“正解は一つではないし、何が正解かは結局わからない”というテーマで話していきます。

動画はこちら

選択の幅が広い『キングダムカム・デリバランス』というゲーム

このゲーム『キングダムカム・デリバランス』は、ストーリーの進行やクエストの達成について、ほとんどの場合“複数の解決方法がある”という特徴があります。

(ほとんどは言い過ぎました。が、それでも一般的なJRPGに比べればかなり多いです)

たとえば、最序盤のストーリー進行で“父親のお使いで木炭を10個手に入れる”というのがあります。

これは“父親にツケのある客からお金を回収し、商人から木炭を買う”というのが正攻法で、お金を回収するために客を説得するとか、殴り合いのケンカをして回収するわけですが、実はヘンリーの家からアイテムを持ち出し、それを売却したお金で木炭を買う、というずるいやり方もあります。

終盤には、賊軍のアジトに潜入するために、仲間に加わったふりをして仕事をするという展開があるんですが、賊をこっそり始末して、キーアイテムを奪い、それを手がかりにしてアジトに潜入するということもできます。

その他のサブクエでも、目標物をターゲットと交渉して頂いたり、売り買いしたり、盗んだり、殺害して奪うというさまざまな方法で獲得できます。

それらを通じて学べることがあります。それは、“目標の達成や解決に関して、正解は必ずしも一つではない”ということです。

実は、リアルだってそうなのです

私たちは義務教育の過程で、ペーパーテストのように、正解は常に一つであると教えられてきました。

先生が望む正解を答えなかったから叱られたこととか、先生が推奨する解き方を無視して不正解扱いにされたことなんてのは、あなたも一度くらいはあるかなと思います。

ですが実は、正解は複数あることが多いのです。特に、大局的な視点で見ると、何を目的とし、何を目指しているかによって”正解”も変わってくるわけですね。

もっともリアルは、ヘンリーくんのように「(譲ってもらえないなら)してでもうばいとる」なんて過激な手段は取れません。

ただ、お金があるなら買えばいいし、スキルがあるなら作ればいい。どちらもなければ、それがなくても成り立つ道筋を選ぶ。借りるとか、譲り受けるとかいう複数の手段が考えられますよね。これはゲームもリアルも一緒なのです。

スノボウェアを”買わなくても”、目標は達成できる

たとえば私はいまスノボやりたいんで、スノボを例に取るんですけど、スノボをやるにはボードとウェアを一式揃える必要があります。

もちろん、それを作るっていうのは現実的でないので除外します。だから買うっていうのがもっともベターな判断になります。ですが当然、そればかりが正解ではありません。買う以外にも、友達から借りたり、「もう使わない」っていう人から譲り受けるっていう、また別の正解がありますよね。

ここまではいいですね。というか、めちゃくちゃ当たり前のことしか言ってないです。問題はここからなんです。

“やらない”という正解があるんです。

“やらない”という正解

意味わかんないですよね。だってスノボやりたいって言ってんじゃん、っていう。前提ガン無視かよ。

でも、”やらない”という正解があります。

スノボをやりたいのに、”やらない”という選択を採ることが正解? どういうことでしょうか?

というわけで、ここからは“裏の正解”の模索です。実際に考えられる“裏の正解”をいくつか紹介しながら、説明していきます。

ゲームで済ませる

“裏の正解”の一つは“ゲームで済ませる”というものです。なんかスノボのゲームとかあるでしょ。そういうのをやりましょう。

屁理屈ですね。確かにそうですが、あながちそうとも言い切れないのです。

これどういうことかって話なんですけど、まずなんでスノボやりたいのかって、よくよく考えてみるんです。その結果、意外とやんなくてもいいことに気づきます。疾走感や爽快感を“ちょっと”味わいたいだけで、実はそこまで本気じゃないかもしんないからです。

もしゲームをやってみて、「あー楽しかった」って、本当にそこで満足してしまったのなら、それはそれで正解だと言えてしまうんですよ。自分でも気づかなかった自分のほんとうの欲求、目的を、達成してしまったから。

違うスポーツをやる

“裏の正解”をもうひとつ紹介しましょう。同じく“スノボをやらずに、違うスポーツをやる”という選択です。ボルダリングやったっていいじゃん。筋トレでもいいじゃん。

「いやいやスノボやるかやらないかの話でしょ」、って思いますよね。わけわからんこと言ってますか私。確かにそうですが、意外とそうじゃないんですよ。これも同じく、なんでスノボをやりたいのかってよくよく考えてみたら、単に体を動かして満足感を得たいだけかもしんないんですよ。スノボである必要は、実は特にないかもしんないんですよね。

たぶんほとんどの人が屁理屈だと思ったかもしれません。実際屁理屈です。

でも、あくまでスノボにこだわり続けて「いやいや何が何でもスノボがやりたいんだ、それ以外はダメなんだ」っていうのと、「スノボじゃないけど、体動かせたし、まいっか!」っていうのって、どっちがいいと思います?

“あなたの人生をよくする”という課題に対して、どっちが正解でしょうか?

そういうことを考えていくと、実は本当は、真の意味での正解なんてものは存在しないのかもしれないですね。

一段上のフォルダに上がる

脱線しますが、私は“裏の正解”を模索することを“一段上のフォルダに上がる”って個人的に読んでます。

スノボやりたい!というミッションがある場合。いや本当にやる必要あるのか。あるいは、ボードやウェアを本当に揃える必要があるのか。

やる、グッズを揃えるという、前提そのものを疑って、もうひと回り高いところから見る。つまり、今のフォルダから探すのをやめて、“もう一段上のフォルダに上がる”。こういう言い方をしています。

「正解を選ぶんじゃない。選んだことを正解にするんだ」

これは詠み人知らずの言葉なんですが、こういう名無しの至言があります。

「正解を選ぶんじゃない。選んだことを正解にするんだ」

正解なんて、結局は誰にもわからない

正解なんてね、わかんないんですよ、究極のことを言うと。

確かに、何が何でも「こうだ!」って決めた方法で目標を達成するのも大事です。ただ、ちょっと立ち止まってみると、やり方は一つでないことがわかります。さらに大局的に見ると、“達成をしないという正解”すら考え得るわけです。

だんだん禅問答めいてきましたね。私も言ってて何が正しいのかわかんなくなってきました。この主張が正しいのかも、正直よくわかりません。

でも確かに言えるのは、正解は一つではないということ。一見不正解や失敗に見える選択でも、後の行動によってそれを正解として説明できる、ということです。

「正解を選ぶんじゃない。選んだことを正解にするんだ」。という言葉は、常に頭の片隅に置いておきたいところですね。

まとめ

正解は一つではありません。解決方法はいろいろです。

極論を言えば、やりたいことがあるのに、やらないで済む方法を探すという本末転倒なことさえ、正解にもなりえます。

なぜなら重要なのは、正解を選ぶことではなく、選んだことを正解にすることだからです。

結局、何が正しいのかなんて誰にもわかりません。好きにしろ。

っていう、この記事自体がもうすでに何言ってるのかよくわかんない始末です。とりあえず今年はスノボやりたいですね。

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